あしたは雨? (お侍 拍手お礼の五十二)

        〜寵猫抄より
 

梅雨入りしてからもなお、地方によっては雨がなかなか降らないねぇと、
空梅雨なのかしらと案じられてる今年の六月だが。

 「関東地方は、鬱陶しい日続きですよね。」

なので困ったもんだということか、
乾燥機から取り出して来たらしいごわごわシーツをお膝に乗っけ、
時折パンパンと叩きもっての延ばしちゃ折って、
きっちりと畳んでおいでの敏腕秘書殿。
リビングへと敷かれたラグに じかに座っての作業であり、
白いお手々をどう当てればそんな音が立つものか、
小気味のいいパンパンという音、多少は威嚇的だと思うのか。
柔らかそうなお耳をフルフルと震わせている、
仔猫の愛らしい姿がサイドボードのガラス扉に映り込む。

 「…あ、ごめんね、久蔵。」

彼らには小さな坊やに見えてる存在。
目に見えてのビクビクとしちゃあいないので、
微妙に気づくのが遅れた七郎次。
とうとう小さな肩がびくくと跳ねたのへハッとして、
勇ましい手を止め、畳みかけのシーツをソファーの上へ移すと、
ほらおいでと手を延べてやれば。

 「にぁんvv」

たかたか・おととと、
お膝の曲げ方がまだどこか不慣れなような、覚束ない歩きようにて。
小さな小さな坊やがお兄さんの元へと寄って来る。
気が急いてだろ、手の方が先へ先へと延ばされていて。
小さな紅葉みたいなふくふくしたお手々、
淑女のそれのように下から掬い上げての掲げもち、

 「到着〜〜〜vv」
 「にあvv」

お膝へまで登っておいでと、そおと引き上げての懐ろへ。
よいちょと乗り上げさしてのご機嫌をなだめて差し上げる。

 「久蔵は敏感なんだものね、ごめんね。」

あんな、怒ってますと言わんばかりな音を立てれば、何だ何だと怯えて当然。
びっくりさせちゃったねぇと、
自分の側へと非を認めての、ゴメンねゴメンねと……。

 「謝ってる態度には遠くはないか?」

小さな和子と、まずはおでこをくっつけ合って。
それからそれから、くすすと笑い合いながら、
頬とかお鼻、顎の先とかまでへも、
こちらの鼻先や唇の先にて、
くしゅくしゅ・こしゅこしゅ、擽ってゆくお兄さんであり。

 「いいじゃないですか、通じ合っているのだから。」
 「みゃあみゃvv」

それこそ、まるで言葉が通じているよな間合い、
久蔵までもが白いお顔を上げて見せると、それらしい声音で言い返すのが。
来合わせた勘兵衛にしてみれば、
二人掛かりで非難されちゃったようでもあって。

 「おお、二人して言い返すかの。」

こりゃたまらんわと言いながら、されど微笑った御主様。
足元へと座り込む彼らに合わせ、ご自身もまた広いラグの一角へと腰を下ろせば。
七郎次の胸元へと片手をついての、お膝に登ってたおちびさん。
小さな身をそちらへと向けてねじったまま、
ちょっぴりうずうずと、足元を落ち着きなくさせ始める。

 「勘兵衛様、久蔵がそちらへ行きたいと。」
 「ほほぉ、そなたほどの美形をふってまでか。」

こちらに合わせてか、おどけたお言いようをなさるのが、
伸ばした蓬髪、背中まですべらかせ、
顎にはお髭もたくわえた、
ややもすると気難しそうな壮年殿には、いっそ似合わぬ素振りだが。
細っこい胴を丁寧に左右からと抱き上げ、
小さな家人を懐ろへと迎えた笑顔はと言えば。
目元もやわらかくたわんでの、そりゃあ優しくも温かなそれ。
そうまで小さいところに必要なのかと思うよな、
小さな小さな爪のついた、小さなお手々が下から伸びて、
にゃにゃあとお髭へさりさり触れば、

 「これこれ、くすぐったいぞ。」

ふふと微笑って目線を下げる勘兵衛であり。
そうして少しほど伏し目がちとなると、
優しさや穏やかさという紗がかかるのか、
彫の深いお顔が妙に色香を増すのが不思議で。

 「あ。//////////」

わわ、しまった。なんて男ぶりが上がられるものか。
予兆も予告もなくのそのお顔は反則ですようと、
向かい合わせという間近にて、
その魅惑のお顔を思わぬタイミングで目撃してしまった誰かさんが、
すべらかな頬をぽぽうと赤らめる。

  ―― 七郎次? いかがした?
     あ、い、いえいえ、何でもありませぬ。
     にゃあ?
     さようか? 久蔵も案じておるが?
     いえホントに、何でもないんですって。///////

そんなそんな、今一番に好いたらしいと思ってるお方たちが、
二人掛かりで覗き込まんでも…と。
ますます赤くなってしまった七郎次ではあったものの、

 「にぃあ…。」

ふるるっと、綿毛のような金の髪、
小さな肩の上にて軽やかに揺すぶったお猫様。
何かがくすぐりでもしたものか、
勘兵衛の着ていたシャツに掴まっていた、小さなお手々を片方外すと。
そのふくふくした甲の方を、小鼻や頬へと擦りつけ始める。
やわく握られたお手々が、
擦れるたびに うにむにと伸びたり開いたりするのがまた、
何とも言えず愛らしく。

 「〜〜〜。/////////」
 「…七郎次。人目はないのだ、口元は隠さずとも。」

まだまだ継続中らしいです、惚れてまうやろ。
(苦笑)
それはともかく、

 「どした、久蔵。」

そんなに痒いの? 可愛いお鼻が潰れちゃうぞと、
案じた七郎次とはまた別の、とある感慨を覚えたらしいのが勘兵衛様で。

 「この様子だと明日も降るぞ。」
 「え? …あ、まさか、雨がですか?」

そういえば、猫が顔を洗う仕草をすると雨になると言わないか。
でもでも、

 「これは…洗ってますかねぇ。」
 「普通一般の猫だって、妙に痒いからという毛づくろいをしておるだけだろう。」

なかなか手を下ろさない久蔵だし、
これはやはり雨が降るぞという予兆に違いないと。
妙にこだわる御主だったので、

 「また雨なのはかないませんねぇ。」

それって本当のお説なんですかと聞きながら、
ふと、そこで茶目っ気が出たらしい七郎次、

 「じゃあ こうしましょう。
  明日降ったら勘兵衛様の勝ち、晴れたら私の勝ち。」

賭けごとというほど大仰なものじゃあなし、構わぬぞと頷いた勘兵衛へ、

 「私が勝ったら、そうですねぇ…。
  先に作ってくださった、スペイン風オムレツを奢ってくださいませvv」

鋳物のフライパンで、トマトやタマネギといった具を混ぜた生地をふんわりと焼く、
勘兵衛が新しいレパートリーとした卵料理を、リクエストした秘書殿だったのへ、

 「ああ、受けて立とうぞ。」

自信満々、胸を張って見せた壮年殿は、だが、

 「では、儂が勝ったなら…。」

意味深にふふんと微笑って見せると、
それこそ二人とおちびさんしかいないのに。
少しほどその身を傾けて、古女房殿の白いお耳へ何かしらを耳打ち。

 「〜〜。///////」

頼もしくも精悍な、御主のお顔や上体が間近になったのへ、
ありゃりゃあと ぽうと頬を染めてしまった、
ヲトメ返りもまだまだ収まらぬらしき七郎次が、

  ……え?////////

囁かれた文言の方へとはっとして。
いやそれは…と、ますます赤くなって口ごもってしまったりする。

 「それはちょっと、関係ないじゃないですか。」
 「何を言うか。さしたる難題でもなかろうよ。」
 「いやあの、でもですねぇ。//////」



  …………さて、ここで問題です。


  「問題になんて、しないでくださいっ。///////」
  「にゃっ、にゃにゃあ?」

  おおう。仔猫様までビックリしてますが。
(笑)






  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.06.22.


  *子供のいる場で何をやってるんだかですね。(笑)
   梅雨の鬱陶しさも何のその、相変わらずのバカップルでございます。

  *そいでもって、その続きがこちらvv →

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